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35 ︎︎幼心の君

Author: 文月 澪
last update Last Updated: 2025-09-18 16:00:58

 殿下の落ち込み具合は、まるで垂れている耳と尻尾が見えるかと思うほどだった。私は沈む殿下の手を取り、満開の百合の花を撫でると、穏やかな声音を意識しながら語りかける。

「殿下はよく務めておいでです。何事も、最初から上手くはいきません。今は学ぶ時なのです。周りをご覧になって? ︎︎師となる方々に恵まれているではないですか。辛い時は、どうぞ私にぶつけてください。私は、そのためにいるのですから」

 ゆっくりと顔を上げる殿下に、微笑み頷いた。私達は支え合い、高め合う双樹。精霊王もそれを望んだのではないかしら。

 人と精霊という、一時期は相反した存在が手を取り合う。私は精霊の血というものを感じる事はできないけれど、それが殿下の傍に在るために必要だと言うのであれば、信じたい。長い年月を繋いできた契約は、きっと当事者にとっては意味の無いものだ。

 きっかけがどうであれ、互いのために存在する事が重要で、契約はそれに付随ふずいするものでしかない。少なくとも、私はそう思う。

 それもちゃんと言葉にして、殿下に伝える。

「……うん、そうだね。リージュがいるから僕は強くなれる。戦場も、本当は怖かった。さっきまで話していた従騎士が、呆気なく死んでいくんだ。僕も何人も殺した。オードネンも、民兵も……その感触がまだ残ってる。でも、リージュを危険に晒したオードネンが許せなくて、それで……」

 私の腰に抱きつき、肩を震わせる殿下は小さく感じる。戦場は、私には想像もつかない、人と人が殺し合う場所。そこに訓練を受けているとはいっても、たった十三歳で送り込まれたのだ。

 どれほど怖かっただろう。

 どれほど恐ろしかっただろう。

 殿下の背中を撫でながら、相槌を打つくらいしかできなのが歯痒い。

 そんな私達を見て、騎士団長は控えめに口を開く。

「殿下、良きお方と出会われましたね。王妃様も気丈なお方ですが、妃殿下は肝が据わっておいでだ。遠見で、戦場の様子もご覧になられていたはず。軍議の場だけとはいえ、殺伐とした空気は感じておられたのでは?」

 問いかける騎士団長に、私は頷いた。戦場自体は見ていないけれど、騎士達の鎧は血に

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  • 年下王子の重すぎる溺愛   35 ︎︎幼心の君

     殿下の落ち込み具合は、まるで垂れている耳と尻尾が見えるかと思うほどだった。私は沈む殿下の手を取り、満開の百合の花を撫でると、穏やかな声音を意識しながら語りかける。「殿下はよく務めておいでです。何事も、最初から上手くはいきません。今は学ぶ時なのです。周りをご覧になって? ︎︎師となる方々に恵まれているではないですか。辛い時は、どうぞ私にぶつけてください。私は、そのためにいるのですから」 ゆっくりと顔を上げる殿下に、微笑み頷いた。私達は支え合い、高め合う双樹。精霊王もそれを望んだのではないかしら。 人と精霊という、一時期は相反した存在が手を取り合う。私は精霊の血というものを感じる事はできないけれど、それが殿下の傍に在るために必要だと言うのであれば、信じたい。長い年月を繋いできた契約は、きっと当事者にとっては意味の無いものだ。 きっかけがどうであれ、互いのために存在する事が重要で、契約はそれに付随するものでしかない。少なくとも、私はそう思う。 それもちゃんと言葉にして、殿下に伝える。「……うん、そうだね。リージュがいるから僕は強くなれる。戦場も、本当は怖かった。さっきまで話していた従騎士が、呆気なく死んでいくんだ。僕も何人も殺した。オードネンも、民兵も……その感触がまだ残ってる。でも、リージュを危険に晒したオードネンが許せなくて、それで……」 私の腰に抱きつき、肩を震わせる殿下は小さく感じる。戦場は、私には想像もつかない、人と人が殺し合う場所。そこに訓練を受けているとはいっても、たった十三歳で送り込まれたのだ。 どれほど怖かっただろう。 どれほど恐ろしかっただろう。 殿下の背中を撫でながら、相槌を打つくらいしかできなのが歯痒い。 そんな私達を見て、騎士団長は控えめに口を開く。「殿下、良きお方と出会われましたね。王妃様も気丈なお方ですが、妃殿下は肝が据わっておいでだ。遠見で、戦場の様子もご覧になられていたはず。軍議の場だけとはいえ、殺伐とした空気は感じておられたのでは?」 問いかける騎士団長に、私は頷いた。戦場自体は見ていないけれど、騎士達の鎧は血に

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     我慢。 それは以前もよく仰っていた言葉。口付けを重ねる度、殿下は自分を抑えるようにそう繰り返していた。でも一年前はまだ姿も幼くて、ませた方だなと思っていたけれど。 今、私は蛇に睨まれた蛙のように動けずにいる。背も伸びて、艶を増した瞳は遠見では気付けなかった。いつも机に向かった状態で、視えるの上半身だけ。こんなに身長が伸びているとは思わなかったし、お顔はそれほど変わっていない。それに、目の前にいるからだろうか。息づかいや瞳に映る自分の姿に、言いようのない恐怖心が湧き上がる。「ダメだよリージュ。そんな顔したら、余計に食べたくなっちゃうでしょ? ︎︎それとも誘ってるの? ︎︎悪い子にはお仕置きが必要かな?」 ずいと顔を寄せる殿下を振りほどこうとするも、難なく躱されてしまう。殿下は優しく、でも強引に腰を抱くと、ドレスの襟を引っ張り喉元に唇を寄せた。ぞくりとした感覚が背中を走り、小さな痛みが刻まれる。 殿下はそれを満足そうに確かめると、鏡に写して私に見せた。そこには赤い花のような痣が浮きでている。長い指でなぞりながら、うっそりと呟いた。「ほら、見える? ︎︎君が僕のものっていう印だよ。初めてだけど、上手くいってよかった。白い肌に映えて綺麗だね。早くもっとつけたい。君の身体中、くまなく……」 腰を撫でる手が妖しく動き、徐々に登ってくる。慣れない状況に、私の頭は混乱していた。 逃げるべき? それともこのまま? 危うく胸元に到達しようとした時、ネフィの咳払いが止めてくれた。「殿下、そこまでです。ご自重ください」 慇懃無礼にそう言うネフィに、殿下は口を尖らせ抗議する。「ちぇ、もうちょっとだったのに。ネフィってば意地悪だな」 でもその声に棘はなく、気安い雰囲気だった。本気で咎めようという気は無いのだろう。ネフィも分かっているようで、同じく口を尖らせた。「あら、いざとなったら止めるように、と仰ったのは殿下ではございませんか。私はご命令に従ったまでですわ」 つんと澄まして、王族相手にも物怖じしない物言いでも、殿下は笑って

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